変動性と不変性。不規則性と。
変動性と不変性。不規則性と。
みなさん、おはようございます。
本日もやって参りました。
肌黒ビジネスマンひろのりのお時間です。
そういえば、
世界企業の6月末の時価総額発表は中々、
目を見張るものがありましたね。
アップルは初の首位(去年は2位終わり)、
中国石油天然気(ペトロチャイナ)、次から次へと中国の進出が見受けられますし。
日本にいたっては上位50位以内に入ったのはホンダのみ…。
「これからは攻めの経営を起点に競争世界に飛び込んで揉まれ続けるしかないだろう」と
評論家が語っているのを本で読んだ気がします。
さて、
今回のテーマは、
「変動性と不変性。不規則性と。」について。
これは昨日ふと、
僕がみなとみらいを歩いているときに感じたことです。
横断歩道を渡ろうと立ち止まっていたのですが、
そこでハッと気づきました。
「僕はなぜ横断歩道の点灯が赤になったら止まらなければいけないのだろう」と。
それは常識だからでしょうか。
それが規則だからでしょうか。
それをみんなが行なっているからでしょうか。
それとも、身の安全のためなのでしょうか。
そこで僕は考えました。
世界という丸の中には人、モノ..などがつまっています。
その秩序なく並べられたものたち=混沌を整理するために、
私たちは法則という名の線を引きます。
*マキャベリは人を動かすために法を立てるといっていますが。
法則とは何でしょう。
ー以下、wikipediaより引用
法則(ほうそく)とは、ある現象とある現象の関係を指す言葉である。
自然現象についてだけでなく、法規上の規則を法則と呼ぶこともある。また文法上の規則(例えば係り結びの法則など)も法則とされる。 法則を大別し、自然現象に焦点が当てられているものが「自然法則」、人間の行動についての規範・規則は「道徳法則」、と分けられることもある。
このお話をちょっとだけ身近なところにおとして考えてみましょう。
・休み時間が少なすぎ。
・何でこんなことをしなくちゃいけないの?
こういう愚痴を言っている人、身近にいませんか?
要するにある組織におけるルールに対して不満を抱いている人です。
(まあ少なからず誰しもが不満を抱いているとは思いますが、
個人的に不満を抱くだけと不満を口に出すということは全く異なることだと思っています。)
僕は彼らにこう言いたい。
法則やルール(不変的、不動なもの)に対して不満を言っても仕方がない。
場合によっては、そういったものに対して動くことすらも無駄なことかもしれない。
では、変えられるものに目を向けてみてはどうだろうか。
物理的なモノを変えることができなくても、
精神的なモノを変えることは出来るかもしれない。とか。
このルールを変えることは出来ないけど、このルール内で変えることはできるとか。
一定の枠の中で変化を楽しんでみる。
そういうことも重要だと思います。
ダーウィンは、
「生き残る種というのは、最も強いものでもなければ、最も知的なものでもない。
最も変化に適応できる種が生き残るのだ。」
と言っていました。
もしかしたらこれは、
大々的な変化に慣れつつ、
大きい枠としての変化の中の変化をつくっていく、ということなのかもしれません。
大学に入る前まではしょっちゅう、親や学校の先生に怒られる日々でした。
「こんなくそな校則は必要ない」
と嘆くアメリカ帰りの僕は日々、校則と戦っていました。
でもそこで気付いたことは、
いくら頑張っても俺らじゃまだ変えることはできない、ということ。
なら、変えられるところを変えようじゃないか。
変えられないところを変えるのは時間がかかる。結果や実績が求められる。
今は我慢の時期。
溜め込んで溜め込む時期。
幸運なことに、
僕たちには変えられるところがある。
そのための時間がある。
まずはそこを変えて行こう。
それでは、みなさん。
良い週末を。
―引用先
・法則
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E5%89%87
・チャールズ・ダーウィンの英語の名言・格言